大阪高等裁判所 昭和50年(ネ)1138号 判決 1978年7月11日
控訴人
国
右代表者
瀬戸山三男
右指定代理人
服部勝彦
外五名
右訴訟代理人
丸尾芳郎
右訴訟復代理人
阿部幸孝
被控訴人(兼亡川元文夫訴訟承継人)
川元カ子ヨ
被控訴人(亡川元文夫訴訟承継人)
川元秀雄
右法定代理人親権者母
川元カ子ヨ
右両名訴訟代理人
浜田耕一
同
原田豊
主文
原判決中控訴人敗訴部分を取消す。
被控訴人らの請求を棄却する。
別表(二)氏名欄記載の各被控訴人は控訴人に対し同表合計額欄記載の各金額及び同金額に対する昭和五〇年六月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事実
控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求め、なお、請求の趣旨のうち原判決中被控訴人ら勝訴部分に対応する部分を「控訴人は被控訴人川元カ子ヨに対し金三九六万四二三〇円、被控訴人川元秀雄に対し金一九八万二一一四円及びこれらに対する昭和四五年一一月二五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。」と変更した。
当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
第一 控訴人の主張
一、清則の悪性過高熱による死亡の事実を聞き出さなかつた点において本件手術の麻酔担当医に問診を怠つた過失があるといいうるためには、サクシニルコリンが悪性過高熱の原因であること(少くともその疑があること)、その発現が家族的関連性を有すること、が、医学上判明していて、清則に対する悪性過高熱の発現の事実から貞雄に対するその発現の可能性が推認できるという関係が存しなければならない。しかるに、現在においてもなお、悪性過高熱の原因は不明であり、サクシニルコリンはその発現の引き金となる一要素としての疑をもたれているにすぎず、また、我が国においてこれが家族的に発生したのは清則と貞雄の例のみであつて、それが家族的関連性を有するか否かの点も定かではない。まして、医学界において悪性過高熱につき未だ無知、無防備の状態であつた本件手術当時においては、その麻酔担当医が清則死亡の事実を捕捉しえたとしても、それにより貞雄の悪性過高熱の発現を予知してサクシニルコリンの使用を止めるなどということは、全く不可能である。
二、本件では、問診は、入院直後主治医の大野医師、関節造影術時に麻酔担当医の河南医師、本件手術時に麻酔担当医の岩崎医師と、三回にわたつてなされ、その都度、理解能力、表現能力等において特に異常性があるわけでもない被控訴人カ子ヨに、清則死亡の事実を想起させ、これを告知させるのに十分な質問がなされているのである(問診が十分であつたか否かは、本件の場合、右三回のそれを一体として総合的に判断すべきである。また、被問診者が一見して理解能力等に欠けていることが明らかであるような特殊な事情の存する場合はともかく、一般にその理解能力等の有無の判断までも問診をする医師に求めることは苛酷である。)。被控訴人カ子ヨは、貞雄に対する本件手術を強く望んでおり、神鋼病院では清則の事故があつたがために右手術を拒否されることを恐れて神大病院に貞雄を入院させたものであつて、被控訴人カ子ヨが清則死亡の事実を告知しなかつたのは右のような事情からその事実を隠蔽しようとしたことによるのであり、問診が不十分であつたことに起因するものではない。
三、被控訴人らの主張三の事実は認める。
四、被控訴人カ子ヨ、亡文夫は、昭和五〇年五月三〇日仮執行の宣言の付された原判決の執行力ある正本に基づく執行として、神戸地方裁判所執行官植月保に委任して神戸市生田区栄町六丁目五〇番地神戸中央郵便局において控訴人所有の現金七三〇万一七四〇円を差押え、同月三一日同執行官において取立を了した(別表(一)参照)。
五、よつて、控訴人は被控訴人カ子ヨ及び亡文夫の相続人である被控訴人らに対し、民事訴訟法第一九八条第二項により、各別表(二)合計額欄記載の金額(合計七三〇万一七四〇円)及びこれに対する右給付の日の翌日である同年六月一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第二 被控訴人らの主張
一、本件手術の当時には、外国の文献はもとより、我が国においても、既に「麻酔」誌上等にいくつかのサクシニルコリンを引き金とする悪性過高熱の症例報告がなされ、その家族的発生の例も紹介されていたのであつて、本件手術の麻酔担当医は、悪性過高熱に対する相当な医学的知識を有していたのである。のみならず、本件における予見可能性の対象は、薬剤使用による全身麻酔を施用することによつて体質的に異常反応を起こし、これにより術野の侵襲とあいまつて患者の全身状態を悪化させ、ひいては死亡に至る危険性であつて、悪性過高熱そのものの発現ではない。清則の麻酔中の死亡の事実を確知してその死因を調査していれば、貞雄についての悪性過高熱の発現乃至は全身麻酔の薬剤による体質的な異常反応の発現と死亡の結果発生の危険性を予見する可能性は十分にあつたといえる。少くとも、本件手術中の貞雄の全身状態の経過が清則のそれと同様であるところから、より早期に全身状態の悪化ひいては死亡を予見して速かに適切な措置をとることが可能であつたといいうる。
二、本件手術における生命の危険性に照らせば、本件での問診は、被質問者の個人差、教養の程度に十分配慮したうえ、同人に対し質問の趣旨及び内容を十分に説明し理解させて、全身麻酔に伴う危険性並びに障害となるべき医学的事項について具体的かつ個別的な範囲にわたり、慎重に、十分時間をかけて行うべきである。しかるに、本件においては、原審における本人尋問の結果等から一般的教養が決して高いとはうかがわれないことが明らかな被控訴人カ子ヨに対し、大野医師は、貞雄の父方については個別的な質問をしておらず、岩崎医師は、麻酔医として抽象的・概括的に簡単かつ形式的な問診をしたにとどまるのであつて、清則の麻酔中の死亡事故を聞き出せなかつたのは、岩崎医師のずさんかつ不適切な問診の結果といわざるをえない。
三、川元文夫は昭和五一年一二月七日死亡し、その妻被控訴人カ子ヨ及びその子被控訴人川元秀雄がその権利義務を相続した。
四、控訴人の主張四の事実は認める。
第三 当審で新たに調べた証拠<以下、省略>
理由
第一本件手術と貞雄の死亡原因
一手術の経過
訴外川元貞雄(当時七歳。以下貞雄という。)は、昭和四四年一二月一五日神戸大学医学部附属病院(以下神大病院という。)整形外科において右股関節ペルテス氏病と診断され、その治療を受けるため同四五年一月九日同病院整形外科に入院し、同年同月二〇日同病院整形外科の大野修医師及び香川弘太郎医師を術者とし、同病院麻酔科の岩崎泰憲医師を麻酔担当医、森川定雄医師をその指導医として全身麻酔施用ソルター式骨盤骨切術(以下本件手術という。)を受けたが、右手術中悪性過高熱が発現し、翌二一日脳循環不全、心不全により死亡したことは、当事者間に争いなく、右事実と成立に争いがない<証拠>を総合すると以下の手術経過が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 貞雄は、右股関節ペルテス氏病の治療のため神大病院整形外科に入院して後、昭和四五年一月一六日マスク麻酔による全身麻酔で患部の関節造形影術を受けたが、この全身麻酔法では気管内挿管を要しないため後述する筋弛緩剤は全く使用されなかつた。ところで右関節造影術の術後三九度四分の発熱をみたが、翌々日までには三八度前後の従前の熱型に戻り、他に異常はなく、主治医の大野医師らにおいて右造影所見を検討したところ、右股関節が亜脱臼の状態にあつて将来変形性関節症へ移行することが予想されたので、全身麻酔下で本件手術(腸骨前上端の一部を切り取り臼蓋を拡大して亜脱臼部位の改善を図ることを目的とするソルター式骨盤骨切術)を行うことに決定し、麻酔科に対し全身麻酔の依頼をした。本件の麻酔指導医となつた麻酔科講師の森川医師は、同科研修医の岩崎医師を担当医に指名し、岩崎医師は手術前日貞雄の全身状態を診察し、カルテ、前回の全身麻酔記録等を検討した結果、今回の全身麻酔に支障となる異常所見を認めなかつたので、麻酔及び手術に関する危険性の最も低い「リスク1」(患部以外の全身状態が正常人と変りがないと考えられるもの)と判定し、看護婦に対し前投薬の指示を与えた。
(二) 貞雄は、手術当日の朝も異常はなかつたので(体温は三六度四分)、看護婦は、前記指示どおり午前一〇時半の手術開始予定にあわせて鎮痛剤アタラツクスP、気管分泌抑制剤硫酸アトロビンの各投与をしたが、手術開始時間が遅れ、午前一一時四五分あらためて右硫酸アトロビンの投与をして貞雄を手術室に移送した。岩崎医師は、午後零時二〇分笑気、酸素、フローセンのマスク麻酔を開始し、数分後気管内挿管を容易にするべく代表的な脱分極性筋弛緩剤であるサクシニルコリン二〇ミリグラムを静脈注射し挿管を試みたところ、全身性の筋強直を起し開口不能であつたため、直ちに同量のサクシニルコリンを追加投与したが、筋強直に変化がなかつた。そこで作用機能の異なる非脱分極性筋弛緩剤のデイアルフエリン五ミリグラムを投与したところ、数分にして筋がやや弛緩し開口が可能となつたので挿管し、笑気、酸素、フローセンを吸入せしめて全身麻酔を維持した。午後零時四五分香川医師執刀、大野医師介助の下に手術が開始されたところ、血液の色がどす黒かつたが、適正換気の維持により間もなく改善をみた。
ところが午後一時五分頃それまで安定していた血圧が争に下降し、再び筋強直が発現したため、森川指導医の指示により、フローセンを切つて麻酔剤を笑気、酸素のみとし、調節呼吸、輪液を盛んにするとともに前記同量のデイアルフエリンを投与した結果二、三分して血圧と筋状態は改善された。その頃森川医師は他の患者の巡回のため本件手術場を離れたが、午後一時二五分頃に至つて再び血圧が下降し、脈拍も減少し始めたため、岩崎医師は、笑気も切つて麻酔剤の吸入を一切止めたが、その約一〇分後貞雄の体が熱いのに気がつき、直ちに看護婦に対し、氷、電気体温計を持つて来させ、森川医師に急ぎ来診するよう連絡させるとともに、アルコール綿花で体を冷却し、桔抗剤硫酸アトロビン0.2ミリグラム、メイロン二〇ミリリツトル、ソールコーテフ一〇〇ミリグラムを投与した。午後一時四五分頃来診した森川医師は、診断の結果、直ちに悪性過高熱の疑いがあると判断し、ほぼ皮膚縫合を残すだけの段階に至つていた手術を中止させ、体温(食道温)を測定させたところ四二度の高熱があつたので、即刻全身を氷で覆つて冷却を始めたが、午後一時五五分頃心停止を起した。そこで即時開胸して心臓マツサージを行い、数分にして心拍が再開し、体温も下降して午後三時五分頃より三五度前後を推移したが、この間自発呼吸、体動はなく、人工呼吸で呼吸管理を行い、午後三時三五分残つていた皮膚縫合を行つて本件手術を終了した。しかしながら意識消失はなおも持続し、病室へ移送後も人工呼吸、昇圧剤、利尿剤の投与、輸血等の加療を続けたところ、一時的に自発呼吸、対光反射をみたがこれも間もなく消失し、次第に全身状態は悪化し、翌日午後一一時三五分脳循環不全、心停止により死亡するに至つた。
二貞雄の死亡原因について
<証拠>によれば、次の事実が認められ、これを左右するに足る的確な証拠はない。
(一) 悪性過高熱は、麻酔手術中に突然異常な高熱を発し悪性の転帰をとる症例をいうものの如くであつて、これが麻酔学者による研究の対象とされたのは比較的最近であり、現在においても、どのようなものを悪性過高熱と称するかについて定説があるわけではない。昭和五二年四月に米国コロラド州デンバーで開催された第二回世界悪性過高熱シンポジウムに出席した盛生倫夫広島大学医学部教授は、摂氏四〇度以上の発熱を見た症例を集計して持参しているが、高熱を見なくてもサクシニルコリンでけいれんを起すようなものをもこれに含めるべきことを主張する人(ブリツト等)もいる。それは、サクシニルコリンやフローセンを用いない麻酔の場合でも発生しており、その原因もまた確認されるに至つていない。また、筋疾患との関係においてその家族性に発生することを主張する人(ブリツト等)もいるが、これに対しても疑問を持つ向きも多い。悪性過高熱に対しては、現在のところ決定的に有効な治療法もなく、早期発見、早期冷却により死亡率を下げている現状である。
(二) 恩地裕大阪大学教授(阪大附属病院麻酔科医長)は、悪性過高熱の発生原因は、現在もなお不明であるが、ハロセン、メトキシフルレン等の吸入麻酔剤、脱分極性筋弛緩剤サクシニルコリンが引き金となつて発症する薬物遺伝学的疾患と考えられており、麻酔手術中の悪性過高熱の発生頻度についての正確な統計はないが、小児で一万五〇〇〇回の麻酔に一回、成人で五万回の麻酔に一回位であるなどといわれており、その死亡率は六〇乃至七〇パーセントの高率である旨、鑑定している。
(三) 貞雄の家系で本件手術より以前に麻酔手術を受けた者としては、貞雄の父である亡文夫のほか、父方では父の弟清則と妹一名がおり、母方では母の従姉二名がいる。亡文夫は蓄膿症手術の局所麻酔、清則を除く他の三名は虫垂炎手術の腰椎麻酔であつて、いずれも異常はなかつたが、清則は死亡している。即ち、同人は、昭和三七年一二月に腰椎麻酔により異常なく虫垂炎手術を終了したが、その後昭和四三年八月八日に全身麻酔による回盲部の癒着性イレウスの手術を受けたところ、筋弛緩剤サクシニルコリンの投与後全身性筋強直、挿管困難があり、更に体温の急激な上昇(四一度八分)が現われ、全身状態の悪化を経て心不全により死亡したものであつて、その経過は貞雄の本件手術の場合と酷似している。
(四) 貞雄の本件手術に先立つて施行された全身麻酔の股関節造影術においては、サクシニルコリンは使用されておらず、かつ、その際には特に異常はなかつた。
(五) 森川医師、花岡医師らは、清則と貞雄の症例につき、「同一家系に発生せるMalignant Hyperpyrexiaの二例について」と題して「麻酔」誌昭和四五年八月号に症例報告をしているが、その結語の項において、ともにサクシニルコリン投与後に全身強直を起したことを摘記し、「今後かかるhyperpyrexiaが家族性に発生する可能性が強く諸兄の注意を促したい。」と結んでいる。
右事実によれば、断定することはなお躊躇されるところであるけれども、貞雄は、全身麻酔の筋弛緩剤サクシニルコリンが投与された結果、これが同人の先天的な体質に異常に反応して悪性過高熱が発現し、ひいて死に至つたものである蓋然性が強いといえる。
第二控訴人の債務不履行責任の成否
被控訴人らは、控訴人の責任原因として債務不履行責任と不法行為責任を選択的に主張しているので、まず、債務不履行責任の成否について判断する。
一控訴人が神大病院の設置者であり、控訴人と貞雄との間に同人のペルテス氏病の治療のため本件手術を施行することを目的とする準委任契約(以下、本件診療契約という。)が成立していたこと、香川医師は神大病院整形外科に、森川医師は同病院麻酔科に勤務する国家公務員であり、香川医師は術者として、森川医師は麻酔指導医として、各その職務の執行として本件手術を施行したことは、いずれも当事者間に争いがない。
原審証人香川弘太郎、同大野修、同岩崎泰憲の各証言によれば、大野医師、岩崎医師は、国家公務員ではなく、前者は神大病院整形外科の、後者は同病院麻酔科の研修医であるが、このような臨床研修医は、医師国家試験に合格した者が大学病院又は指定研修病院において二年以上臨床研修を受け、その間国から研修手当の支給を受け、右研修を行つた旨厚生大臣に報告されるのであつて(医師法第一六条の二、三)、大野医師は、貞雄の主治医として国家公務員たる香川医師の指導のもとに、岩崎医師は、国家公務員たる森川医師から本件手術の麻酔担当医として指名され、その指導監督のもとにこのような臨床研修の一環として本件手術に関与していたものであるから、大野医師、岩崎医師は、事実上控訴人と実質的な使用関係にあり、かつ、控訴人の設置する神大病院における医療業務を委任されてこれを執行していたものであるというべきである。
そうすると、控訴人は、本件診療契約に基づき麻酔及び手術を施行するものとして、神大病院に期待され要求される水準的知識、技術を駆使して被術者の生命、身体に危険な結果を招来することのないよう未然に防止すべき注意義務を負うものであるというべく、右香川、大野、森川、岩崎各医師は、控訴人の履行補助者として本件手術の施行に当つたものというべきである。
被控訴人らは、控訴人の履行補助者として本件手術の施行に当つた右各医師に、問診義務違反等の不完全履行があると主張するので、以下、順次検討する。
二麻酔担当医の問診義務違反の主張について
1 およそ麻酔は患者の手術時の疼痛、精神的不安、恐怖を除去し、手術者をして手術の全経過を通じ手術に専念せしめるための手段であり、麻酔の進歩は各科の手術の発展に寄与すること大であるが、近代的大病院において全身麻酔を必要とする手術にあたり、特に独立した専門医としての麻酔医を関与させ、麻酔施用について術前、術中、術後を通じ患者の全身状態を管理させ、患者の生命の危険に対処させることとしているのは、使用薬剤の効果が確実で強力である反面において副作用が一般の薬剤に比べて非常に強く、全身麻酔はこれを受ける患者に対し刻々の生命を支配する中枢神経系、呼吸系、循環系等に変化を及ぼし、施用法の誤りの結果が絶えず患者の速やかな死亡を導く高度の危険を包蔵しているためにほかならない。
このような専門化の特質に照らせば、現代医学の最高水準の医療技術が期待され要求される国立大学医学部附属病院において麻酔科所属医師として麻酔業務に携る麻酔担当医としては、特定の麻酔剤乃至麻酔補助剤を投与して全身麻酔を施行することにより患者の身体に重大なシヨツク、副作用が発現し、その生命に危険のあることが予知できる場合においては、このような危険を未然に防止するため万全の措置を講ずべき高度の注意義務を負うものと解すべきことはいうまでもない。
そこで、本件の場合、具体的に麻酔担当医がどのような注意義務を負担しているかを考察するに、原審鑑定人恩地裕の鑑定の結果及び当審証人盛生倫夫の証言によれば、悪性過高熱については、それを誘発する薬剤に対して異常に反応する体質を予知する科学的検査方法として、現在においては研究の結果血奨の特定の酵素(CPK)の比較や筋生検により使用麻酔剤の反応検査をすることが一応考えられているが、右検査でたとえ陰性の結果がでてもなお異常反応を呈する場合があり、科学的検査法として完全な方法とはいえない。そして、他に的確な科学的検査方法はないことが認められるから、昭和四五年当時において本件麻酔医がそのような異常反応体質に対する術前の科学的麻酔適応検査をなすべき注意義務があつたとは解し難い。
しかしながら、右鑑定の結果及び原審証人恩地裕の証言によれば、麻酔剤等によるシヨツクや副作用は理学的検査や臨床検査だけでは予知できないものが多いところから、麻酔担当医としては、麻酔前に患者乃至その付添人に相当な問診をなし、患者及びその血縁者のアレルギー体質、既往における使用薬剤の異常反応の有無、麻酔施用の有無等前述のような麻酔事故の危険性の判断資料を収集し、そのうえで適切な麻酔計画をたてる義務があるというべきである。
2 ところで、原審証人岩崎泰憲の証言によれば、悪性過高熱については、昭和四五年当時医学生用の一般的な麻酔学教科書にはその記述はなく、そうした症例の存すること自体、麻酔の施術者一般に知られているとはいいがたい状態であり、臨床研修医であつた岩崎医師も、右症例そのものの知見を有しなかつたことが認められるけれども、他方、<証拠>によれば、次の事実が認められ、これを左右するに足る的確な証拠はない。
(一) 悪性過高熱については、外国では一九六〇年に既に発生報告がなされ、我が国においても、貞雄の手術前、既に、日本麻酔学会の準機関誌「麻酔」の、(1)昭和四三年八月号に一症例、(2)同年九月号に一症例、(3)昭和四四年七月号に(ア)一例と(イ)三例の計四症例、(4)同年一二月号に三症例、(5)地方誌である「広島麻酔医学会雑誌」の昭和四三年八月号に(ア)一例と(イ)二例の計三症例、合計一二例の症例報告(従来の知識とは異なる症例を経験した場合に学界誌等によつてなされる報告)がなされていた。右一二例はいずれもサクシニルコリンを使用した例で、うち一〇例が死亡例であるが、右の(1)、(2)、(3)の(ア)及び(4)の各症例報告は、サクシニルコリンを用いて筋強直等の異常があつたときは、悪性過高熱発生の可能性があることを摘記している。右の(3)の(イ)、(5)の(ア)の各症例報告は、導入時のサクシニルコリンによる筋の異常状態の認められなかつた症例に関するものである。なお、その家族発生につき最初に注目したのはデンボローであるが、右の(1)、(3)の(イ)及び(5)の(イ)の各症例報告は、同一家系に複数の症例が発生したというデンボローの一九六二年の報告等を引用している。
(二) 神大病院麻酔科には、昭和四五年当時、日本麻酔学会認定の麻酔指導医の資格を有する教授、助教授、講師の三名のほかに研修医が二〇名前後おり、他科から麻酔依頼がある毎に右三名のうちから指導医一名が定められ、当該指導医においてケースに応じ担当医一名を指名し、担当医は指導医と常に密接に連絡をとり、その指導監督を受けながら麻酔業務を行うこととされていた。
(三) 貞雄の手術につき麻酔指導医となつた森川医師は、自身で直接体験したわけではないけれども、昭和四二年から昭和四四年まで米国のピツツバーグ大学に研究員として留学中に二つばかりの症例につき麻酔科の症例検討会で討論がなされているのを見聞して、悪性過高熱について相当程度の医学的知識を有していた(その故にこそ、同医師は、前認定のように、いち早く貞雄に悪性過高熱の疑診を下してその処置をなし、さらに、本件事故後、家族歴を追跡するべく岩崎医師に貞雄の家族歴の詳細な調査と清則のカルテの検討をさせ、その結果、清則の全身麻酔中の死亡の事実をつきとめているのである。)。
(四) 恩地教授は、昭和四五年当時であれば、家族に悪性過高熱と思われる症状を呈した者があることが判明すればその状況を主治医について詳しく調査し、それが果して悪性過高熱であるらしいときは、全身麻酔を回避して腰椎麻酔で行うとか、サクシニルコリン、ハロセン、メトキシフルレンのようなこれを誘発しやすいものを使用せず、笑気静脈内麻酔剤などを用いるというような措置をとつていたであろう、と鑑定している。
(六) 貞雄の右股関節ペルテス氏病は、その治療のためには是非とも早期にソルター式骨盤骨切術を行う必要に迫られているというわけのものではなかつた。
以上の事実及び前認定二の(三)乃至(五)の事実からすれば、岩崎医師は、もしかりに問診の結果貞雄の叔父清則が全身麻酔中に死亡した事実を確知したならば、森川医師の助言をえて清則の死因及び悪性過高熱につき調査検討をし、その結果貞雄の全身麻酔にサクシニルコリンを用いるときは悪性過高熱の発生、ひいては死亡という危険の発生をみる蓋然性があることを予見しえたはずであり、そうである以上、医師は不必要の危険を犯さないこと及び右(六)の事実にかんがみれば、右のような危険な結果をみる蓋然性のある薬剤を使用する全身麻酔を回避する、あるいは手術そのものを回避することによつて、本件手術による貞雄の死亡という不幸な結果を回避しえたものと考えられる。
3 そこで、本件手術に先立ち関係各医師によりなされた貞雄の家族歴に関する問診とその回答の内容について検討する。
(一)(1) <証拠>によれば、貞雄の主治医である大野医師は、昭和四五年一月八日に入院した直後の貞雄を診察した際、当時七才であつた同人に付添つていたその母親被控訴人カ子ヨに対し、整形外科的見地から問診したが、その結果として、入院カルテの家族歴の欄に、本人に父母、男の兄弟一人があること、本人の母親には二人の男の兄弟があり、そのいずれにも二人ずつの子供があるが、同人らはいずれも健康であること、血縁者に先天性股関節脱臼、ペルテス氏病の既往歴のある者はいないこと、及び家族歴として特記すべきものはないこと、を記入していることが認められる。
(2) 当審証人河南洋は、同年一月一六日の関節造影術の麻酔の担当医として、同月一五日午後の回診で二〇乃至三〇分をかけて貞雄の全身状態、既往歴等につき診察等をしたが、その際、付添つていた被控訴人カ子ヨに一〇乃至一五分問診をし、家族歴に関しては、兄弟、父母、祖父母等身内の人に喘息の人、ペニシリン等にまける人、アレルギー性疾患、高血圧、癌、糖尿病、肝臓病の人、手術をした人、その時に特に変つたことがあつた人はいないか、と質問したが、特に注意すべきことを感じさせるような応答はなかつたので問題はないものと判断した、なお、カ子ヨはその質問の意図を理解しているものと判断した、旨、証言している。
(3) 原当審証人岩崎泰憲は、本件手術の前日である同月一九日に三〇分位かけて貞雄の診察等をしたが、その際、母親被控訴人カ子ヨに、本人の体質病歴、家族歴等につき、一〇分位かけて問診をし、家族歴については、特に麻酔の手術中に何か事故でもあつた人がいないかという趣旨での質問の仕方はしていないけれども、兄弟、父母、祖父母等血縁者がどのような病気をしたか、また、血縁者の中にピリン系の薬やペニシリンにまける人、蕁麻疹、湿疹の出る人、喘息、糖尿病、腎臓病、肝臓病、性病、高血圧の人はいないか、と質問した、しかし、そういうことはないという返事であつた。被控訴人カ子ヨはインテリとは受取れなかつたが母親としての普通の知識はあるものと見てとり、その応答から、質問は理解しているものと受取つた、旨、証言している。
(二) <証拠>によれば、次の事実が認められる。
本件手術による事故が起つてから後、森川医師や岩崎医師は、貞雄の父文夫から、同人に喘息、湿疹の気があることや、その弟が他の病院で手術中シヨツク死したことを聞かされた。そこで、貞雄の家族歴につき詳細な探求をする必要があると感じ、岩崎医師が、昭和四五年二月上旬に川元方を訪れて、文夫、被控訴人カ子ヨ両名に質問した結果、次の事実を聞き出した。
(1) 貞雄の父方について。父文夫は六男五女一一人兄弟の第四子二男である。右兄弟のうち現に生存しているのは、姉一名(長女)、父本人、妹二名(三女、五女)、弟二名(三男、六男)の六名で、そのうち弟(三男)は右下肢の腫瘍と疼痛で跛であり、妹(五女)は虫垂炎の手術に際して腰椎麻酔をした経験を有する。右兄弟のうち既に死亡しているのは、兄(長男、戦死)、姉一名(二女、二才時にはしかにより。)、弟二名(四男、神鋼病院で手術中に。五男、四才時にはしかにより。)、妹一名(四女、一四才時に脳膜炎により。手術はしていない。)の五名である。父文夫は、昭和二六年に蓄膿症で局部麻酔で手術をし、昭和四四年一月肝炎で入院しているが、昭和三九年頃からピリンにより薬疹を発している。文夫の父は三男二女五人兄弟の第四子三男であるが、現に生存しているのは妹(二女)のみであり、姉、長兄はいずれも老衰で、次兄は喘息で、父本人は交通事故で、死亡している。文夫の母は一男三女の四人兄弟の第三子二女であるが、現に生在しているのは妹と母本人のみである。
(2) 貞雄の母方について。母カ子ヨは三男二女の五人兄弟の第三子二女であるが、兄は戦死、姉は肺結核で二〇才頃死亡しており、現に生存しているのは、母本人及び弟二名で、弟一名(二男)は腰痛を持つ。カ子ヨの父は既に死亡している。カ子ヨの母は、三男二女五人兄弟の長子であるが、母本人が既に死亡しているほか、四名は現に生存しており、妹には二人の娘があるが、二人とも、虫垂炎で腰椎麻酔をかけて手術をした経験を有する。
(三) 原審における被控訴人カ子ヨ本人尋問の結果によれば、被控訴人カ子ヨは、前記大野、河南、岩崎各医師による問診がなされた当時、(1)夫文夫が、昭和四四年に肝炎で入院したこと、ピリンによつて薬疹にかかつたことがあること、を知つており、また、(2)夫文夫の兄弟に関しては、具体的詳細は別として、脳膜炎で死亡した妹のほか、自分と文夫との婚姻以前に既に二、三名が死亡していること、弟清則の死亡についても、貞雄の手術の一、二年前頃神鋼病院で盲腸が悪いとかいつて手術をしたが、手術室に入つてそのまま亡くなつたという程度のことは知つていたことが認められる。
(四) ところで、原審における被控訴人カ子ヨ本人尋問(昭和四九年一〇月三〇日取調)の際の、右(三)の(1)の点に関する控訴人(被告)代理人とカ子ヨ本人との問答は次のとおりである。
問「あなたのご主人についても、勿論、病院で聞かれましたね。」
答「はい。」
問「そして別にこれまで変つたことがないかと、異常がないかというようなことも聞かれたわけやね。それで元気ですと、異常はないということも答えたんですか。」
答「はい。」
問「ところが実際には、ご主人は、この聞かれた時の前の年に、済生会病院に入院してませんか。」
答「してます。」
問「何という病気だつたの。」
答「何でしたかしら、肝臓……。」
問「肝臓、肝炎……。」
答「はい。」
問「それで何かピリンによつて、薬疹というかアレルギー的な異常があつたというようなこともあるんでしよう。」
答「はい。今思い出しました。」
問「そのことは、お父さんのことについて病院で聞かれた時に言わなかつたの。肝炎で入院してアレルギー的な体質がちよつと悪いとか……。」
答「言つたかしら。覚えてません。」
問「カルテ見ると、お父さん元気や、異常なしとなつてるからね。」
答「その当時は元気でしたからね。言わなかつたかもわかりません。」
なお、被控訴人カ子ヨ本人は、清則のことについては、あまり詳しいことはわからないし、子供のことでいつぱいで、あまり深い関係があるとは思わなかつたので、貞雄の手術前の問診に対しては、言わなかつた旨、供述している(同本人は、他方では、問診の際清則が死亡した事実は述べた旨供述しているけれども、右供述は措信できない。)。
右の問答にもあらわれているように、被控訴人カ子ヨは、前記の法廷における本人尋問において、常に身近かに起居して当然熟知しているはずの夫文夫の健康状態についてさえ、事実関係を熟知している質問者が個別的具体的に相当程度の誘導尋問をしてはじめて、問診により医師が聞き出そうとしている事実の存在を肯定しているにとどまる。その原審における本人尋問の結果によるも、医師の問診に対して自ら積極的に右のような事実を告知しようとする態度にはさらに認められない。原審における被控訴人カ子ヨ本人の供述は、一貫性がなく、そこから真相を把握することは容易ではないが、同本人は、親兄弟元気ですか、とか、どんな病気で亡くなられたのか、というようなことを聞かれた、最初の問診の時も、貞雄死亡後の調査の時も、聞かれたのは同じようなことである、とも供述しているのであり、また、家族歴の問診に際し母方の血縁者のみに限定して質問するということは考えがたいところであるから、右(一)の(1)で認定した乙第一号証の記述及び通常は本人の両親の関係について聞いている旨の原審証人大野修の証言並びに被控訴人カ子ヨ本人尋問の結果の一部からすれば、大野医師は、前記(一)の(1)の問診に際し、少くとも、父母の兄弟の子までもをも含む範囲内の親族に関する応答を求められていると相手方カ子ヨに受取られるような発問をして、その親族関係にあるものの健康状態等、家族歴として大野医師が調査する必要があると考えた事項につき、問診をしたものであり、これに対してカ子ヨは、自己の親兄弟等の関係についても、自らが具体的に詳細な事実を知らないことについては、ありのままに答えることなく、現に在存する自分の血縁者のみを挙げて、今のところ皆健在です、という概括的な応答ですませてしまつたものと認められる。
(五) 以上を総合すれば、医師の問診に対する被控訴人カ子ヨの応答態度が右に述べたようなものであることと一般に問診が麻酔担当医にとつて職務遂行の通常の過程の一つであることから考えれば、河南、岩崎両医師は、前記(一)の(2)、(3)の証言にあらわれたとおりの問診をしたのであるが、カ子ヨよりは前記の回答を得たに止まるものと認めるのが相当である。原審における被控訴人カ子ヨ本人の供述中右認定に沿わない部分は措信することができず、他にこれを左右するに足る証拠はない。
4 そこで進んで、岩崎医師の右の程度の問診が本件手術の麻酔岩当医として問診義務の違背に当るか否かについて審究する。
<証拠>によれば、次の事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。
(一) 昭和四五年当時、我が国においては、悪性過高熱に関しては、前認定のとおり症例報告は既になされていたとはいえ、当該症例につき症状の特徴等を臨床による経験、実験により確認して行くいわゆる研究は、症例体験者等によつてこれからぼつぼつ開始されるという段階にあつたにとどまるのであり、本件記録にあらわれたかぎりでは、本件事故前において、麻酔前の回診でチエツクすべきことがらを記した我が国の参考書で、手術及び麻酔の家族歴を参考にすべきことの必要性に言及したものは見当らない。当時、麻酔担当医のする家族歴に関する問診は、一般的な事項に関しては主治医の方で個々の血縁者につき個別的具体的に詳細な問診をしていることを前提として、麻酔医の立場から必要と考えられる事項に限定してなされており、一般的に河南、岩崎医師がした以上の問診がなされていたわけではない。
(二) 悪性過高熱の遺伝性を主張する人々(ブリツト等)は、現に、曾祖父母、又従兄弟までの家族歴を問診すべきことを提唱しているが、本件原判決後、麻酔学会の医療事故対策委員会では、どのような問診をなすべきかが問題となり、広島大学において試験的に研修医に約五〇例について問診により曾祖父母、又従兄弟までの家系を図示させて回収してみたところ、非常に時間がかかるうえに、子供に母親が付添つている場合には父方が殆んどとれない。若い本人の場合は少し離れたところの親族関係は殆んどとれない、年令、死亡の原因等は不明確なものが多い、等、正確性にも欠けるものしかとれないという結果を得た。結局、麻酔担当者が通例多数のケースを取扱つている(神大病院の場合、前認定の障害で、年間約二〇〇〇件、日に一〇乃至二〇件程度の麻酔症例の管理をしている。)こともあつて、現在でも、麻酔に関する家族歴の問診に際しては、家族、親戚に麻酔をかけた人があるか、あるとすればその人に異常なことはなかつたか、というような質問をするにとどめ、個別的に詳細に聞くことはしていないのが一般である。
右事実からすれば、前認定の岩崎医師がした貞雄の家族歴に関する問診は、本件手術当時同様の場合に一般に行われていた問診と比べて欠けたところはなく、また、悪性過高熱を特別に意識して血縁者の麻酔手術中の事故の有無を問うていないことは、当時としては無理からぬところであるというべきである。
もとより、問診は、常に単純な一つの質問とこれに対する応答によつて直ちに必要な事実を把握しうるというようなものではなく、通常はその応答のいかんにより系統的に問答を発展させることによつて所期の目的を達成することができるという性質のものであり、問答を発展させるためには被質問者の的確な応答を得ることを必要とするから、具体的に行われた問診における被質問者の応答との関連性を無視して当該の場合に一般に行われている程度の質問がなされているからということだけで直ちに問診に際して要求される注意義務が尽されたものと認めることはできないし、また、個々の質問は、被質問者の理解能力、表現能力、性格等に応じてその的確な応答を可能ならしめるように適切になされていなければならないというべきである。
しかし、本件における岩崎医師の質問は、血縁者がどのような病気をしたか、とか、具体的な病名、薬品名等をあげて、特定の病気、体質を持つ者はいないか、を聞く単純なものであつて、被質問者に的確な応答を困難ならしめるような性質のものではない。清則の死亡は本件手術の一年五か月位前の出来事であるから、被控訴人カ子ヨにとつて記憶に新しかつたはずであり、血縁者がどのような病気をしたか、という簡単な質問に素直にありのまま応答をしていれば、これを端緒とする問答の発展により、自然に清則の死因に関してカ子ヨの知るかぎりの事実は明らかにされたであろうことは、容易に推測されるところである。
しかるに、右岩崎医師の質問に対するカ子ヨの応答は、そういうことはない、皆健康である、というものであり、それはそれ以上に問答の発展する余地をなくするものであつた。そして、原審における被控訴人カ子ヨ本人尋問の結果によれば、それは、問われていることがらの本件手術との関連性、したがつて重要性についての認識の不足から、知つてはいても具体的詳細を語りえないことがらについては、応答のうえではすべてこれをないことにして問答の発展を回避してしまつたカ子ヨの判断の甘さに起因するものと認められる(それ以上に、控訴人主張のように、神大病院で貞雄の手術をしてもらいたさからカ子ヨがことさらに清則の死亡の事実を隠蔽したというような事実は、これを認めるに足る証拠がない。)のであつて、質問の不十分さによるものではないことは明らかである。もつとも、応答の内容、態度等からそのような理由により必要な事実が語られていないことが容易に察知できるときはまた別であろうが、本件においてそのように認めるべき証拠はない。
本件事故は、これに先行する清則の死亡事故がなければ全く防ぎようのない不可効力による事故とせざるを得ないものであることは、これからの判示によつても明らかである。そして、清則の死亡当時、これが清則の特異な体質に起因するものであつて、このような体質は家族歴を有する可能性があるから、血縁者はなるべく全身麻酔を避けるべきであるというように清則の死因が究明され、それが縁類者に知れわたつておれば、カ子ヨといえども、それがわが子の生命にかかわることであるだけに、岩崎医師らの質問に対して真先にそのことを告げたであろう。それがそうでなかつたことはまことに不幸なことといわなければならない。それはともあれ、この場合はともかくも被質問者の方で質問者に何らかの手掛りを提供しなければならぬ。これは全く被質問者の守備範囲に属する事柄である。ほんのわずかなの手掛りの提供であつても、それをきつかけとして岩崎医師において次々と質問を発展させ、ついにはこの麻酔を差し控えるかどうかの判断に迫られるところの清則の異常な死亡事故という鉱脈を掘り当てたことであろう。カ子ヨとしては、折角与えられたところのわが子の死亡事故を防止し得るほとんど唯一ともいうべきチヤンスを生かし得なかつたことはまことに残念なことであり、運命ともいうべきものであるが、これは他人の責任に帰すべき筋合のものではない。
以上、岩崎医師に本件手術の麻酔担当医として問診義務の違背があつたものと認めることはできない。
三その余の不完全履行の主張について
被控訴人らは、更に本件手術に関与した医師に二、三点について不完全履行があると主張しているが、いずれも採用できない。すなわち、
さきに第一の一で認定したような受診時からの経過、関節造影の所見、術前の状態等からみて、香川医師、大野医師が麻酔方法はともかく本件手術の施行そのものを適当と判断し、これを実行したことは適切な医療行為というべきであるし、また、本件手術中に輸血をした事実はなく、術後蘇生術の一環として輸血したものであることは前認定のとおりであり、その血液型の判定に誤りのないことは<証拠>及び原審証人大野修の証言により明らかである。
次に、手術中の全身状態の変化に伴う処置の適否についてみると、原審証人森川定雄、恩地裕の各証言及び原審鑑定人恩地裕の鑑定の結果によれば、麻酔医は全身麻酔中患者に代つて患者を最も良好な生理的な状態に維持するよう油断なく監視を続け、必要に応じ術者に手術の中止を求めるべきであるが、麻酔中の筋強直、血圧の下降、体温の上昇、血液の色の悪さ等の症状はしばしば発現し、かつその原因も多岐にわたるから、麻酔医としては、まずその原因の除去に努めるべきであつて、手術の中止は全体的な状態から総合的に判断すべきであること、悪性過高熱の診断がついた場合には、即刻あらゆる手段で冷却するとか、アシドーシスを補正するとか、筋強直を止める等の処置を精力的に講ずべきであり、この点は現在も昭和四五年当時も同様であるが、悪性過高熱の診断には、現在でも、本症に特徴的な急速な体温上昇が始まつてから三〇分以上要することが多いことが認められるところ、本件においては、二度にわたる筋強直、血液の色の悪さ、第一回目の血圧降下については、前認定のとおり対応処置によつて一応いずれも改善をみたのであるから、この時点で全身麻酔を継続した判断に誤りはなかつたと認められるし、更に第二回目の血圧の下降、体温の上昇については、その直後に悪性過高熱と診断して処置をとつていれば一層適切であつたといえるにしても、さきに認定したその後の経過に前記認定事実をあわせ考えれば、本件麻酔医は昭和四五年当時としては早期発見と適切な処置をなしたといえる旨の原審鑑定人恩地裕の鑑定結果を採用すべきである。この点の注意義務違反をいう被控訴人らの主張は採用のかぎりではない。
四以上、本件手術の施行に当つた各医師に被控訴人主張の不完全履行があつたとはいえないから、その債務不履行による損害賠償の請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。
第三控訴人の不法行為責任の成否
さきに第二において述べたところからすれば、本件手術の施行に当つた各医師に被控訴人ら主張のような過失があつたものとは認められないことは明らかであるから、その不法行為による損害賠償の請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。
第四結論
以上の次第で、原判決中被控訴人らの請求の一部を認否した部分は失当であるからこれを取消し、被控訴人らの請求を棄却することとする。
ところで、当審における被控訴人らの主張三及び控訴人の主張四の事実は、いずれも当事者間に争いがない。そして、原判決の一部が取消される以上、これに付された仮執行宣言はその限度で効力を失うこととなる。そうすると、民事訴訟法第一九八条第二項により、右仮執行宣言に基づいて給付した別表(一)記載の金員につき、被控訴人らに対し別表(二)記載の金額の返還を求めるとともにこれに対する給付の翌日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による損害金の支払を求める控訴人の申立は、正当であるから、これを認容することとする。
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条に従い、主文のとおり判決する。
(坂井芳雄 乾達彦 富澤達)
別表
(一)
氏名
元金
利息
執行費用
合計額
川元文夫
2,973,172
670,388
7,300
3,650,860
川元カ子ヨ
2,973,172
670,388
7,320
3,650,880
計
5,946,344
1,340,776
14,640
7,301,740
別表
(二)
氏名
元金
利息
執行費用
合計額
川元カ子ヨ
3,964,229
1/3
893,850
2/3
9,753
1/3
4,867,833
1/3
川元秀雄
1,982,114
2/3
446,925
1/3
4,866
2/3
2,433,906
2/3
計
5,946,344
1,340,776
14,620
7,301,740